旅枕奇譚① 待合室

これは私が旅の間に体験した出来事や
それにまつわる不思議な夢を記録したものである。

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昨日は小さな町にたどり着いたが、そこには宿がなかった。その町に一軒だけある小さな診療所に部屋が空いているということでそこで一夜を過ごさせてもらうことになった。その診療所は中年の男性医師が一人で経営していて、無口だが親切に対応してくれた。
空いている小さな病室に通してもらい、その夜、こんな夢をみた。

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夢の中で自分は女だった。
待合室にいた。誰かを待っているわけでも、何か乗り物を待っているというのでもなく、ただ時間を潰すだけに座っている。
とても静かだ。なんの音もしない。
そういえば時計がないな。今何時だろう。

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ふと視線を下に落とすと、自分のすぐ隣に誰か座っている。いつの間に隣にきたんだろう。シワの多い枯れ枝のような老いた手を丁寧に膝の上に重ねている。
「どなたかお待ちなの?」

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突然の若い声に驚いて顔をあげると隣に座っているのは若い女性だった。てっきり老婆が座っていると思っていたのでハリのある白い顔に微笑まれ、一瞬ひるんだ。
「い、いえ、別に何か待ってるわけじゃないんです。時間をつぶしてるだけで。  」
ちょっとつまりながらも返答した。
「あら、あなた、ここが何の待合室かご存知なの?」
女性は薄く笑みを浮かべている。なんの待合室?

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そんなのどうでもいい。 私は別に何も待っていないのだから。ここには時間をつぶしにきただけなのだから。
ただ、女性の聞き方が気になる。何か特別な場所なのだろうか。何も考えてなかったけど、私は変なところで時間をつぶしているんだろうか。
「どういう意味ですか?」
私が尋ねると女性は少し私の後ろに視線をやった。

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そしてどこからかガラスの破片を取り出して目の前にかざして見せた。
女性の枯れ枝のような手とシワのない白い顔との距離が近づいてその異様さが際だつ。
その手の中のガラスの破片に何か見える。若い女が顔をおおって泣いている。あれは…私…?
「ここは逃げ出してしまった人が 次を待つ場所なのよ。」
逃げてしまった人?何から?

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「あなた、次に行きたくて、ここに来たんではないの?」
次に?そう、私は確かに次に行くためにここで時間をつぶしてる。向こうの準備が整ったら、向こうからよんでくれるはずだ。呼んでくれたら行くんだ。
「呼ばれるまで待つの?あなた、次は泣かなくてもいいところに行きたかったんじゃないの?」
ガラスの中の私は泣き続けている。荒れた部屋の中で。どうしていいかもうわからなくて。もうできることは逃げることしかなかった。

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「自分から行かないと、別のところに連れて行かれてしまいますよ。」
私はいつも待っているだけだった。そしていつの間にから居場所がなくなっていた。自分で向かうべきだったのに。私は逃げた。そしてここにきた。
「逃げてもいいんですよ、誰でもね。ただこの世界はそれを簡単にさせないように作られてる。」

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いつの間にか真っ白な空間に女性と二人で座っていた。女性の両手には端がかけた丸い鏡と、さっきのガラスの破片がのせられている。
「逃げるのは、悪いことではないのよ。逃げてもいいの。ただ忘れて、繰り返すようにできている。繰り返してはだめよ。」
女性の節くれた手がガラスの破片を鏡の割れ目にはめこむ。ガラスは溶けるようになって、鏡のひびを直した。その鏡には福々と笑う赤ん坊が映っている。
「さあ、あなたの本当の待合室に連れて行って上げましょう。」
今まで無音で温度のなかった空間がほんのり暖かくなる。体がどんどん暖かくなってくると、自分が今まで音も匂いも光も感じていなかったことに気づく。五感が戻ったと感じてからすべてが白に包まれた。

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待ち合い室では若い男が一人ソワソワと何かを待っている。そこへ看護婦が笑みを浮かべて小走りでやってきた。「お子さん、無事生まれましたよ!時間がかなりかかりましたが母子ともに無事です!」

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ーーーーーここで目が覚めた。起きた後、しばらく全てのものがとてもまぶしく感じてどきどきした。
落ち着いてから院長に朝の挨拶をしにいき、朝食までいただいた。
「今日はもうすぐ孫がくるんですよ。」朝食をいただいている間、院長が少しだけ自身のことと、この診療所のことを話してくれた。体の弱かった奥さんは早くに亡くなってしまい、一人娘を育てながら診療所をやってきたのだという。娘とは衝突も多かったが今は落ち着いて、嫁いでからは孫を連れてしょっちゅう帰ってきてくれるのだという。
院長の顔が、夢の中で最後にみた若い父親に似ているような気がする。
そういうことを考えながら私は今、昨夜見た待合室の夢の内容を記録している。

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